ミルキーウェイいつ食べてもおいしい

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「たかしくんと要くんがね…」と興奮気味にゆっさんとたかだが話すので、アニメ夏目友人帳を2人と観たんですが、かっこいい男の子の登場人物ふたりと、地味そうな女の子が出てくる。

華やかで派手な登場人物のなかで、ひときわ地味で普通そうな家庭環境の女の子は、読者の気持ちや目の代わりをしてるというのが定説のひとつにあったはず。「たかしくんと要くん」におけるたきちゃんは、ベルばらにおけるロザリーである。と思う。

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ロザリーを通して我々はベルサイユに憧れてオスカルをお慕いする。そして恋に破れたロザリーとともにオスカルやアンドレを心で応援していくんですけど、物語に寄り添ってすべて見ている役にもなってる。歴史や時間の流れを見届ける役。

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制服だって毎日着るのにスカートもセーラー服も1着ずつしか持たないし、夏服は白いブラウスを何枚か用意するけどスカートは1着だけだった。
和服の着物も季節によって使い分けるけど普段用とお出かけ用、儀式用くらいの区分で1着ずつが庶民的だと思う(日常的に着ないのでわからん)。
しかし現代人は毎日着る服を替えている。毎日お風呂に入る文化が根付いたことと関係がありそう。

母の学生の頃で、母の祖母が、「髪は毎日洗うものではない、洗いすぎると傷む」と言って自身の髪を椿油で手入れをしていたそうなので(そう言われても母は毎日髪をシャンプーしていたそうだけど)、50年60年くらい前までは、髪を毎日洗う文化も半分くらいだったのかもしれない。でも暑い日は1日1回のお風呂でも足りないと思うときあるよね。朝夕に1回ずつだったりする。

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「たかしくんと要くん」において、我々視聴者の代弁者の立場にあるであろう「たきちゃん」は完全に空気のような存在だった。というか空気。彼らと会話をしているようで、まったくしていない。彼らの視線上にもいない。2人からは見えない存在なのか。たきちゃんのそのセリフ、無くても物語進んだね。というのがいくつかあるくらい。たきちゃんは、空気にもなれないのかもしれない。でも、その姿こそがフジョシのありかたなのかな、と思うと、フジョシとはなんと高尚な生物なんだろう。と感じたわけである。不思議です。